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企業における特許侵害を予防するためのFTO調査のススメ

1. はじめに

この記事では、侵害予防調査(特にFTO調査)の重要性について説明します。

企業等が特許権の侵害予防のために行う調査を一般的には「侵害予防調査」といいますが、この記事では、有効な特許を探す侵害予防調査と、権利が無効な特許などを探すFTO調査に分けて、目的や手法の違いを解説します。また、FTO調査の前提になる「自由実施技術」を把握することの重要性についても説明します。

なお、この記事は、2024年6月25日に日本パテントデータサービス株式会社主催で開催された「企業における侵害予防調査」というセミナーで解説した内容の一部を詳しく説明したものになります。

2. 特許権の侵害と侵害予防

まず、特許権の侵害とは、「権原・正当理由なく第三者の特許発明を業として実施をすること」をいいます。このため、企業においては、競合企業など第三者の保有する有効な特許発明を自社の製品において実施してしまうとその特許権の侵害をしてしまうことになります。このような場合には、その第三者からの請求により、その製品を製造販売する事業を停止しなければならなくなって、開発コスト等が無駄になってしまったり、ライセンス料の支払いにより利益が低下したりするおそれがあります。

そのため、企業では、商品開発の各段階において、その製造販売によって他社の特許権を侵害してしまうのを予防するために、他社の特許について侵害予防調査を行います。そして、開発品が他社の特許発明に該当しないこと、つまり特許権侵害をしないことを確認します。

侵害予防調査とFTO調査

そのような意味で考えれば、「侵害予防」のためには、第三者の有効な特許だけを調査すればいいようにも思われます。一般的に、他社の特許権を侵害しないことを確認するために行う調査を、「侵害予防調査」、「クリアランス調査」、「抵触性調査」、「実施前調査」、「FTO調査」などといいます。

これらの調査では、基本的には、他社が出願し権利化し権利が有効で、自社の実施により特許侵害になってしまうリスクのある特許文献を探します。言い換えると「実施する技術に関して権利を侵害する他社の特許権がないこと」を確認します。この記事では、このような調査を「侵害予防調査」といいます。

一方で、特許権が切れた特許を調査することを「FTO調査」という場合もあります。この「FTO」は「Freedom To Operation(自由実施)」を略したものであり、調査する商品分野における「自由実施技術」といえます。つまり、この調査では、「特許権のない技術」を確認します。そのような意味では「FTO技術調査」というべきですが、ここでは「FTO調査」として説明します。

以上の通り、この記事では基本的に「侵害予防調査」と「FTO調査」とを敢えて別の調査として捉えて説明しますが、ここで定義した2つの調査を比較すると以下のようになります。

この表から分かるように、以下で説明する「FTO調査」で調査する対象は「技術」であることから、権利情報であり技術情報でもある特許情報だけでなく、論文やニュース記事のような技術情報でも調査対象になりますし、自社や競合他社による商品の製造販売などの公然実施の事実に関する情報も調査対象になります。

また、侵害予防調査とFTO調査とを比べると、特許権については有効か無効かの違いも相違点といえます。この意味でFTO調査は「権利が有効な特許発明でない技術」を確認するという意味では無効資料調査とも共通した性質を有します。

4. 自由実施技術を把握することの重要性

侵害予防調査やFTO調査の考え方や具体的な方法については後述するセミナーで説明していますが、ここでは一般的にはあまり注目されていない「FTO調査」によって自由実施技術を把握することの重要性について説明していきます。

特許発明は、出願から原則20年経過し、又は権利期間の途中で何らかの理由で権利が消滅することで自由に実施できるようになります。「自由実施技術」としては(1)と(2)の2つのパターンがあるといえます。

(1) 公知化後20年以上経過した技術は自由実施できるようになっているといえます。

図1に示すように、秘密保持義務なく実施されるなどして公知化後20年以上経過している技術については、出願から20年は経過していますので、特許され権利が権利満了まで維持していたとしても必ず満了して権利は消滅しています(イの範囲)。また、その後に出願された特許出願においては同じ技術そのものについては新規性がないため権利化はできません(ロの範囲)。このため、この場合の技術は必ず自由実施技術になっているといえます。

図1 公知化後20年以上経過した技術が自由実施技術となる理由

(2)これに対し、出願後20年経過しているが公知化後20年までは経過していない特許における特許発明や、権利期間の途中で権利が消滅した特許については、その特許に関して言えば原則として権利行使されるおそれがなく自由実施技術になっていると言えます。ただし、この場合には同じ技術について同一人に権利化され権利が維持されているなどの可能性もあります。このため、権利が消滅した特許があってもその技術を自由に実施できるとは限りません。

以上を踏まえ、これらの自由実施技術を分けて説明するために、この記事では「完全自由実施技術」と「不完全自由実施技術」とを定義します。

まず、「完全自由実施技術」とは、上述した(1)の自由実施技術であり、公知(例えば書籍やインターネットなどで公開され、秘密保持義務なく実施されたものといいます)後20年以上経過しているために、特許があったとしてもその明細書に記載されている発明は自由実施技術になっている技術をいいます。

そして、「不完全自由実施技術」とは、上述した(2)の自由実施技術であり、権利が消滅した特許発明に係る技術であって(1)を除くものをいいます。もちろん、権利が消滅していればその特許発明として記載された技術は、その特許権との関係では自由に実施できますが、上述した通り他の特許が存在する可能性があり、その出願の明細書に記載された発明をすべて自由に実施できるとは限りません。とはいえ、特許権が切れた技術そのものについては自由実施でき、また、進歩性などを考慮するとその特許に基づいて進歩性のない技術は特許されないといえるわけで、ここでいう「不完全自由実施技術」を知ることももちろん重要です。

通常の侵害予防調査においては、出願から20年経過すると特許権が満了するということを前提に、過去20年間に出願された特許を調査することも多いのですが、20年以上前に公知となった技術(公開日等が20年以上前の技術)を知ること、つまり20年以上前に公知化された特許発明や技術を調査することが特に重要であるといえます。

なお、このような期間は通常の侵害予防調査では意図的に調査範囲から除外されてしまいます。一方で、無効資料調査のようなFTO調査と類似した調査を行うのは、侵害のおそれが明確になった要注意特許が見つかった場合に限られますから、FTO調査は必要に応じて意識的に実施する必要があります。

産業発展に伴う自由実施技術の拡大

それでは、FTO調査が重要になる技術分野はどんな産業分野といえるでしょうか。というのも産業分野ごとの自由実施技術の広さは異なります。なぜなら、自由実施技術は産業発展に伴って拡大していくからです。

つまり、図2に示すように、産業の発展に伴って、特許出願と特許権の増加と時間経過による権利消滅とが平行して発生していくことを考えると、自由実施技術は産業の発展に伴って拡大していくことがわかります。

図2 産業発展に伴う自由実施技術の拡大

自由実施技術の拡大は、図2に示す(A)~(E)のように整理すると分かりやすくなるのではないかと考えます。

(A)萌芽期:ある商品や技術の開発初期段階において基本特許が生み出される。
(B)開花期:技術開発が進み、周辺技術の特許が増えていく。
(C)繁栄期:競争が激化して特許出願と特許が周囲に増加していく。
(D)安定期:特許権が消滅しはじめ、自由実施技術が広がっていく。
(E)再編期:初期の重要特許がほとんど自由実施技術になり、技術の再編が行われていく。

まず、(A)~(C)の時期においては、ある産業では製品の開発と技術の進歩に伴い特許権の数は増加します。これにより、特許権により実施が制限される灰色の範囲も広がっていきます。しかし、(D)以降の時期においては、20年以上経過しその産業が成熟することで、時間経過等により初期に取得された特許権は白抜きの○で示すように順次失効(消滅)していきます。このため、基本的な特許技術を自由に実施できるようになります。そして自由実施技術の範囲は時間経過に伴い拡大していきます。

いわゆる侵害予防調査では、特許権によって保護されている「灰色の領域」のうち実施しようとしている技術が含まれる部分を特定する作業といえます。以上で説明した内容を踏まえると、侵害予防調査は、時間経過により内縁と外縁が変動する「灰色の領域」を特定する作業である点も意識しておく必要があります。つまり、ある技術について、昨日までは特許侵害のおそれがあったが、今日からは特許侵害のおそれがなくなっているようなことも考えられ、その逆も考えられます。

このように、産業の発展による自由実施技術の範囲の変動を前提にすれば、侵害予防をするためには、侵害予防調査の観点で潜在的に侵害する可能性がある特許を特定すると共に、FTO調査の観点で侵害にならない「それ以外の領域」を確認することが重要であるといえます。

これにより、実施しようとする技術が、「灰色の領域」に含まれ特許侵害となるのか、「白色の領域」に含まれ特許侵害ではないのか、を確認することができるのです。

さらに、他社特許権との関係で自由に実施できる範囲は、この記事でいう「自由実施技術」の領域だけではありません。というのは、自由に実施できる技術の範囲は、ここまでで説明した「特許が失効して自由実施できるようになった灰色の内側の白の領域」だけでなく、「特許権が発生していない灰色の外側の白の領域」もあるといえる点も注意が必要です。

そして、歴史が長い産業分野ほど、(E)の時期に示すように、多くの自由実施技術が蓄積されていきます。このため、歴史の長い産業分野ほど自由実施技術は広く蓄積されている可能性が高いといえ、FTO調査がより重要になるといえます。

このように、成熟産業であればあるほどFTOの領域は広くなることから、FTO調査の重要性が高まります。例えばその会社で20年以上勤めているベテランの特許担当者であればFTOになった特許を出願された当時から知っているわけで、明確に覚えていなくてもこのような技術はFTO技術になっていそうだと感覚で把握している場合もあります。このため、侵害予防調査や出願前調査などでベテランの特許担当者が調査することで簡単に近い特許が見つかるということもよくあります。

逆に、その業界における知財経験が数年程度の特許担当者の場合にはそんな昔の話は知らないので自由実施技術であるかの感覚もなく、侵害予防調査では自由実施技術を調査対象から省くことができず、スクリーニングすべき文献も増えてしまい、調査に時間がかかったり、見つけるべき文献を見つけることができなかったりすることもあります。
その意味では、経験年数の少ない担当者ほど以上で説明したようなFTO調査をする価値が高いとも言えます。

6. 自由実施技術を見つけるメリット

それでは、自由実施技術を知るメリットは具体的にはどんなことでしょうか。

前提としてある商品は多数の技術の積み重ねとして成立します。

このため、侵害予防調査の調査テーマを設定する場合に自由実施技術を知らなければ非常に多くの特許を調査対象にする必要があります。

これに対し例えば「20年市販している自社既存商品」やその製品に関する特許がありそれを知っていれば、それに用いられている技術については上述の(1)の「完全自由実施技術」であるといえますから、特許侵害となるリスクはゼロであり調査しなくてよいといえます。よって、「その既存商品に用いられていない技術」だけを調査すればよいと考えることができます。

より具体的に考えるために、図3のような調査技術分野を想定してみましょう。このような場合には、青色のハッチングの領域が侵害予防調査で調査すべき範囲といえますが、自由実施技術を把握していれば、その範囲から破線で囲った自由実施技術の範囲を除いた赤色のハッチングの領域のみを調査すればよいことになります。

図3 自由実施技術を把握する効果

このように、調査対象として検討している技術が何らかの形で事前に公開されていないか確認することが重要になります。その点で、自由実施技術が特許文献として公開されていれば公開の事実も時期の特定もしやすいです。もちろん、特許文献以外の文献や市販された商品で使われた技術でも問題ありません。そのような意味では、知財部門などで自社商品に係わる非特許文献情報も収集しいつ公開されたか把握していることが重要になります。

なお、このような自由実施技術の調査ができない場合には、そこまで時間が経過していないがそれまで特許権の行使がされなかったことを前提に既存商品全体を自由実施技術であると推定し、その技術以外について調査するように調査を行うことも効率化のためには必要になります。

7. 事例による説明

FTO調査による侵害予防調査の簡素化について非常に簡単な事例で説明します。

例えば、黒鉛筆が自由実施技術(完全自由実施技術)であり、色鉛筆が特許発明として有効に存在しているとします。このような場合における調査の要否や範囲について表2に示します。

まず、黒鉛筆が自由実施技術として存在しており、かつ、調査者がそれを自由実施技術と知っているときには、図3における破線で囲った領域の技術を知っていることになり、特許侵害ではないということが分かるわけです。このため、青のみのハッチングの領域の技術に相当する黒鉛筆については調査不要ということがわかり、調査を省略できます。

また、赤鉛筆については黒鉛筆を自由実施技術と認定できるので、図3における青のみのハッチングの領域の調査は不要であるとわかり、より狭い範囲の赤と青のハッチングが重なった領域のみを調査すればよくなります。このように、自由実施技術を知っていることで、調査を効率化することができます。

これに対し、黒鉛筆が自由実施技術として存在していてもそれが自由実施技術であることを調査者が知らないときには、黒鉛筆でも赤鉛筆でも特許侵害であるか分からないので、実施品である黒鉛筆や赤鉛筆について調査しなければなりません。図3でいえば青のハッチングの領域に関する技術まで調査しなければならなくなり、無駄な範囲まで調査する必要が生じます。特に、黒鉛筆を実施しようとしたときに黒鉛筆が自由実施技術であると知らないために、本来なら省略できていた調査を行う必要が生じてしまいます。

ここでは非常に簡略化した事例で説明をしましたが実際の商品でも同様です。このように、自由実施技術を知ることで侵害予防調査を省略でき、調査の効率化が図れることがご理解いただけたのではないでしょうか。

8. 知財業務に活かすために

以上で説明したように、侵害予防調査を行う場合には、自由実施技術を知っていることが非常に重要です。このような知見をみなさんの知財業務に活かすための具体的な指針を示します。

まず、例えば開発の初期段階においては、後の開発における侵害予防調査で効率化できるように、いわゆる侵害予防調査だけでなく、自由実施技術を知るための調査であるFTO調査を行うことも有効になります。

また、自由実施技術の範囲が変動することを前提にするならば、自社の主要製品については定期的にFTO調査を行い、できればDB化するなどして、自由実施技術に関する情報をアップデートしておくことで開発の円滑化に効果的といえます。

繰り返しになりますが、自由実施技術を知ることは効率的に特許侵害を回避するために重要です。このため、自社にとって重要な技術分野などについては、特許権が有効な範囲に限らず、公開後20年以上経過した特許発明、出願後20年以上経過した特許発明、途中で権利が消滅した特許出願や特許などを対象に、FTO調査を行ってみることをおすすめします。

9. 関連書籍とセミナーの紹介

以上で説明したようなFTO調査や侵害予防調査を行うことで特許侵害を予防することができます。コンプライスが重視される企業においてはFTO調査や侵害予防調査は重要な業務といえます。しかしながら、侵害予防調査は特許調査のなかでも特に考えるべきことが多い難しい調査でもあります。このため、侵害予防調査をいきなり実施しようとしても思ったような成果が得られない場合もあります。

(1)そこで、侵害予防調査をするうえで参考になる書籍を紹介します。以下の書籍です。

「改訂版 侵害予防調査と無効資料調査のノウハウ~特許調査のセオリー~」

販売サイト:
https://www.hanketsu.jiii.or.jp/store/top_f.jsp
※この書籍の出版元である経済産業調査会が今年の3月に解散した関係で、この書籍の定価販売は上記のリンクから発明推進協会の書籍販売ページのみで行われています(2024/7/27現在)。

書評はamazonから参照ください: 
侵害予防調査と無効資料調査のノウハウ (現代産業選書 知的財産実務シリーズ) | 角渕 由英 |本 | 通販 | Amazon

この本は他の類書のなかでも最も侵害予防調査について詳しく説明しています。この本の著者である角渕由英先生は現在は弁理士法人レクシード・テックという特許事務所のパートナー弁理士として精力的に活動されていますが、この書籍でも極めて理論的でありながら分かりやすく標題の調査について説明してくれています。また、侵害予防調査などの具体的な手法についても詳しく説明してくれていますので、侵害予防調査について学んでみようと考えたときには、こちらの本をまず手に取られるのをおすすめしています。

(2)また、私が講師を担当して6月に開催された「企業における侵害予防調査」のセミナーについては、11月26日にも同じ内容で開催されます。

このセミナーでは、一般的な侵害予防調査の考え方、具体的な調査方法についても説明しますが、上述のようなFTO調査にもフォーカスしてかなり詳しく説明しています。また、企業における侵害予防体制の構築手法、侵害予防調査の効率化や調査における注意点、及び、国内及び海外での侵害予防調査と国内におけるFTO調査の事例についても具体的な事例を用いて詳しく説明します。また、事例において使用したスクリーニングシートや報告書の作成例や調査に利用できるツールのエクセルファイルも配布します。参考まで、上記のセミナーは専門分野としては電機・機械分野の企業の知財部の方をターゲットに資料を作成しています。

なお、このセミナーにおけるメインの資料はPowerPointで180シートほどの内容として作成されていますが、上述した図はこの資料のFTO調査の理論に関する3シート分に相当しており、かなり濃い内容となっています。

以上のほか、企業における侵害予防業務のために参考になる情報を盛りだくさんでお話ししますので、11月のセミナーにぜひご参加いただければ幸いです。

講座内容やプログラムについて:
https://www.jpds.co.jp/file/semi24/semiguideB212.pdf

セミナーリストサイト:
https://www.jpds.co.jp/seminar/schedule

参加いただける場合には、上記セミナーリストサイトで「B212」を検索いただき、当該講座の講座説明文末尾に記載のリンクから「リアル会場」又は「オンライン」のうち希望される参加方法をお選びいただくといずれかの申込サイトに移動します。そこで、講座名「B212 企業における特許侵害予防調査 ¥22,000」、開催日「11」月「26」日、会場「東京」を選んだうえで、参加者の情報等を適宜記入頂くことでお申し込みください。なお、参加人数には制限がありますので参加をご希望の方は早めの申込をおすすめします。

よろしくお願い申し上げます。

以上

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